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女将のひとりごと

今月のひとりごと -女将が日々を綴る-

女将 写真

風光る
梵鐘悲話に
思い馳せ
(京の冬の旅 方広寺にて)

2月如月(きさらぎ)やっぱり京の冬は格別どすなぁ。盆地ならではの底冷えやなぁと思てたら、しんしんと冷えてきゃはって2月8日(日)には小雪舞い散る降り方から本格的なぼたん雪へと。うっとこの(私の所の)町の真ん中も薄化粧から厚塗りの白壁へと変わるように、久しぶりに積りました。夜には田の字地区の一方通行しか出来ひん道の幅が狭いこの辺りは、あっという間に積って車は一台も通らず、海外からのお客様が楽しそうにワイワイ盛り上がったはって、雪合戦状態に。雪が降るとほんまに町の雰囲気が変わるし、音も消えますなぁ。こんなん、たまやさかい(久しぶりなので)風情を楽しめますけど、雪下ろしが日課のとこは、白い悪魔はほんまに大変どす。うちも翌朝は長靴にスパイクを被せて出勤どす。前日の美しい雪は止まはったけど、地面はアイスバーンになって怖い怖い事に。
この年で転倒したら骨折やさかい、ほんまに怖い事どす。そんな白い物語は二日で終わり、金閣寺さんはようけの(大勢の)人が行かはって俄かカメラマンで賑おうたらしおす。久方に京も冬のお化粧しゃはっただけで、怖い事にならへんでよろしおした。(良かったです)

うちは今日こそと、こないだから画策してた<京の冬の旅 60回記念>の豊国神社さん(とよくにじんじゃ)と方広寺さんへ。大河ドラマの豊臣兄弟もなかなか面白うて、せっかくやしゆかりの地へと向かいました。気まぐれな気候は今度は20度ほどになって、暑ぅ!と思うほどに。神社前は通った事もありますけど、中をゆっくり見させてもらうのは初めてどす。冬旅30年ぶりの公開やさかい、平日やのにお人さんも多くて、そやけど丁寧に説明も聞けてよろしおす。うちらは「ほうこく神社」と呼んでますけど秀吉公をご祭神として祀る立派な神社さんどす。正面には京の三大唐門(西本願寺・大徳寺)の一つ、伏見城の遺構と言われる国宝の唐門!。畏怖堂々としてて桃山時代の豪華絢爛な唐門どす。
今回は非公開の書院、恭明宮(きょうめいぐう)と呼ばれる宮中女官の隠居所であった建物の遺構の中に入れますえ。説明によると慶長4年(1599年)に造営された当時の豊国神社は、約30万坪(東京ドーム21個分程)もあったらしく、目の前の屏風には敷地内に三十三間堂さんや方広寺さんの大仏殿が描かれており、その広大さが伝わってきます。秀吉さんが着たはった黄色の絹の羽織も綺麗に残っていて、やっぱり小柄な太閤殿下やったんどすなぁ。
ほんで次は宝物館へ。「斬る真似だけで骨まで砕く」という恐ろしい伝説を持つ、源頼朝→足利将軍家→秀吉→徳川家康が所持したはったという日本刀の名刀「骨喰藤四郎(ほねばみとうしろう)」が展示してあって、こないだまでは本モンが見られたそうどす。今は国立博物館へ行かはりましたけど、見ているだけで怖くなりますえ。大坂夏の陣で大坂城と一緒に燃えたと思われたはったのに、その後、傷ひとつない姿で見つかったんどすやて。さらに、明暦の大火(1657年)でも江戸城と共に焼けたのに残っていて修復されたそうどす。凄すぎどすなぁ。
秀吉さんが使った獏の形をした枕や秀吉の歯までが展示したはったり、ほんまにお宝満載どす。

もう一か所はお隣の方広寺さんどす。地続きで神社とお寺さん??こんな疑問を抱かはるお人さんもやはると思います。
さっき豊国神社で二礼二拍手一礼して、方広寺さんでは静かに手を合わすだけ。このことは別におかしなことではないし、寺院と神社、仏教と神道が一対の関係でつながった「神仏習合」の形どす。「仏様が仮の姿として神様になったはる」と言う考えどす。その考えが1000年近くの長きに渡って続きますけど、明治に入って国家神道を確立するため「神仏分離令」を出さはって、神社とお寺を厳格に区別することを命じはります。この過程で、一部では「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」という過激な運動が起こって、ぎょうさんの(多くの)お寺や仏像が破壊されるという悲劇が起きてしまいます。それが何よりも何よりも残念な事どす。うちらが(私達が)今日、神社とお寺は別々のもんやと思って見ているのは、この明治時代の政策が強く影響したはります。けどその区別は何も対立を招くわけでもなく、どちらも尊厳を損なう事もなくうちらの日本の歴史を知る上での貴重な文化財として残していかなあかんと言う事どす。
ちょっと横道に逸れましたけど、たまたま地続きやったさかい、ついつい。口もおしゃべりやけど文字もおしゃべりなうち(私)どす。すんまへん。

ほんでお隣の方広寺さんも素晴らしく、勿論冬旅やさかい丁寧に説明してくりゃはります。五代目の京の大仏さんも対峙出来ましたし、大仏ストーリーもへぇ~と、びっくりする事ばかり。しかも遺構も残ったはるし。それにしても奈良の大仏さんの三倍の規模と言う大仏殿も建てて、高さ19mの大仏さんも安置しゃはって翌年の地震で倒壊やて!ほんまに太閤殿下は自己顕示欲強いのか、ここら辺の時代はいろんな見解もありますやろけど興味深々どすなぁ。
その後は日本三大名鐘(東大寺さん・知恩院さん)の一つである立派な梵鐘を真近に見せてもらえます。
方広寺鐘銘事件1614年 豊臣秀頼は、徳川家康の勧めで釣り鐘を鋳造しゃはります。鐘に彫り込まれた「国家安康」が家康の文字が分断されている。「君臣豊楽」は豊臣家の繁栄を願ったものと解釈しゃはって、家康さんが重臣の本多正純を通じて異議を唱え、「徳川を呪う言いがかり」として非難しゃはります。この事が大坂の陣(豊臣滅亡)の引き金となった歴史的大事件どす。大きな梵鐘に白い枠でこの熟語が囲んであり、とても見やすいです。しかも吊り下げてある梵鐘の内部にもはいれます。ちょっとコワゴワどしたけど・・・。
もしもこの熟語と違ごたら歴史も変わってたやろか?家康さんの事やし他に難癖付けて、やっぱり豊臣を滅亡に導いたはったやろなぁ。と、初夏の日差しを感じながら400年もそのままのこの梵鐘は繰り返す戦に悲しんだはったやろなぁ。
ほんまに見応えのある<京の冬の旅>は3月18日まであるさかい、是非とも京へおこしやす!!

あゝほんまに安土桃山時代に浸り過ぎたわぁ。どっかで甘いもんでも・・・。あゝ目の前に甘春堂さんがあるわ。
ちょっとお邪魔しょ~。ええ?大仏餅?しかも2つも付いてる!!しかもコーヒーかお抹茶か選べるし。やっぱりコーヒーどすなぁ。柔らこうて(柔らかい)美味しおすぅ。ふたつはペロリ。ふふふ

弥生 女将

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