

菊日和
西陣巡る
妙覚寺
(西陣 妙覚寺さん)
こんなきれいな空があるのやろかと、ため息が出るほどの青空どす。なんや台風30号とかまたややこしい事言ったはりましたけど、期待通りの抜ける秋の空どす!
今日は、JTBさん主催の旅館ホテルさんの勉強会どす。年に二回ほど宿泊施設を対象に奥深い京をお客様にご案内出来るようにと勉強会を開催してくりゃはります。観光業に携わっていても意外と知らない事も多く、ほんまに勉強になります。しかも講師はTVで大活躍の<らくたび>の若村先生!!。頭の中は歴史の引き出しでいっぱいちゃうかしら?と何を聞いても答えてくださるし、活舌よろしくお声も大きい、ジョークが滑らへんしほんまに充実した時間どした。
京都人の十三参りで有名な嵐山の、<法輪寺>さんを皮切りに, 西陣のお寺さん三箇寺と裏千家さん、表千家さんの外観も見せてもらい<水火天満宮>さんまでの行程どす。
<嵐山>は桜や紅葉が嵐のように散る事から、そう呼ばれはったそうどすけどほんまに「風光明媚」がジャストな表現どす。ほかの地域の十三参りは知らんのんどすけど京都は独特どすえ。ご本尊・<虚空蔵菩薩>さんは智徳技芸の守護仏さんで毎年4月13日を中心に(3月13日~5月13日)に数えて13歳になる子供が参拝して知恵を授けてもらいます。ほんで帰り道の渡月橋を渡り終えるまで、「絶対に後ろを振り向いたらあかんえ。せっかく知恵を授けてもろたのに後ろ振り返ったら知恵をお寺さんに返すって言われてるしな。」と両親にきつう言われて、怖いもんのように皆13歳の子供たちは急に無言に(別にお話はしてもかましまへん)なって真剣に前のみを見て渡ります。うちもその事はよう覚えてます。
うちはその時決して振り返ってへんのに、知恵をお寺さんに返してしもたのやろか・・・と時々この歳になって思いますえ。(笑)
この法輪寺さんは、見所満載なんどすけど場所的には渡月橋を渡った先にあるさかい、お人さんが少なくて、その上、見晴らし台があって最高どす。今はまだ青紅葉どすけど紅葉になったらほんまに綺麗やと思います。穴場どすえ。
この後は西陣に移動してランチタイムどす。かの有名な<西陣・萬重>さんで美味しい懐石料理を頂き、お料理・器・設えどれも素晴らしくてええ勉強になりました。女将さん、ほんまにおおきに。ご馳走様どした。また、寄せてもらいます。
この後は西陣攻略!!どす。
<応仁の乱>(1467年〜1477年)の際、山名宗全さんが率いた西軍の陣地がこのあたりに置かれたさかい西陣(にしじん)と言います。
京都のお人さんはこないだの戦争って言うのは応仁の乱やなぁと言わはります。そら京が焼け野原になってしもて11年間も続いたさかい酷い有様やったとは思います。いつの時代も戦争は愚かな事どす。世界的に見ても宗教上の問題やら、植民地問題、人種問題で戦争して、今も現在進行形どすけど大事なもん破壊して、何よりも大切な命を奪って・・・ほんまにこの応仁の乱で最終章やったら良かったのに…とつくづく思います。
その西陣にある<妙蓮寺>さん<本法寺>さん<妙顕寺>さんを見せてもろて<妙覚寺>さんへ。ややこしおすなぁ。すべて日蓮聖人の教えをひく日蓮宗(法華宗)の由緒ある本山(大本山)どすえ。京都における日蓮宗の歴史において中核をなすお寺やし、いずれも「日蓮宗京都十六本山」に数えられてて、とにかくどのお寺もこの町中で広大なお寺さん。行かはったらびっくりしゃはると思いますえ。
妙覚寺さんは、1378年、法華信者で支援者であった小野妙覚氏の寄進する四条大宮の地に日實上人が開基しゃはって、日蓮大聖人の御遺言を受けた日像上人が開山しゃはったとされてます。文明15(1483)年には足利義尚さんの命により二条衣棚に移転しゃはって戦国時代は妙顕寺さんと同様に大規模な敷地をもったはりました。国宝「洛中洛外図屏風」にもその広大な建物が描かれてるそうやし、見たいもんどす。1536年天文法華の乱により焼失してその後に再興されました。そして、13代将軍足利義輝さん、織田信長さん、伊達政宗さんなど様々な人物がお宿として泊まったはって千利休さんによるお茶会も開かれていたそうどす。
有名なんは織田信長さんの一番の定宿であり、信長さんが京都に来やはった20数回のうち18回の宿泊はここ妙覚寺どす。<本能寺>さんには実は3回しか宿泊したはらへんかって(宿泊していなくて)その3回目に本能寺の変(1582年)が起こったんどす!ここには信長さんの嫡男信忠さんが宿泊したはったんやけど、明智光秀さんの謀反を知らはった信忠は妙覚寺を出て光秀さんの軍を討つ為に二条新御所へ向かわはって奮戦の末に自害しゃはりました。
もし、信長さんは近くの妙顕寺さんや他のお寺さんに泊まったはったら、歴史は変わったいたはずやし・・・またまたうちの妄想は羽を広げて飛んだはります。
天正11(1583)年に豊臣秀吉さんの洛中整理命により現在の西陣へ移転。京都を揺るがす大きな歴史の転換点を経て幾度もの困難を乗り越えはって今日まで法灯を護り受け継いだはります。
入口の大きな山門は寺伝によると、豊臣秀吉さんが築いた「聚楽第」の裏門を移築したものとされていて、城門として使われていたため、両側に開く扉や、梁の上には伏兵が入れる空間を備えていているさかい戦国の世の建築特徴を間近に感じることができます。
聚楽第はすでに姿を消した幻の城やさかい、その遺構は京都でもわずかしか無く、<西本願寺>さんの<飛雲閣>や<大徳寺>さんの唐門などと並び、貴重な建造物のひとつどす。それにしても、二度の移築や本能寺の変やらいろんな歴史を塗り替えながらもこうして立派なお寺さんをいくつも抱えたはるこの西陣はほんまに感動!!どす。
京の町のどこへ行っても深い歴史を感じる町ってやっぱり唯一無二どすなぁ。
そやそや、ここの近くに<京都人の密かな愉しみ>の聖地巡礼ロケ地やった俵屋吉富さんカフェがあるやん!!<茶ろん たわらや>さん、行かなあかんわ。ここは<京都人の密かな愉しみ>継承バージョンの時、ソルボンヌ大学の学生の洛ちゃんが友達とお茶したはる時に、義母役の常盤貴子さんが入ってきゃはるシーンの撮影をしゃはった場所。それと古くは6年前の撮影で常盤貴子さんと京料理研究家の大原千鶴さんが会わはるシーンもここどした。あゝ懐かし。今日は初めて寄せてもろたし、やっぱりクリームあんみつで。大好きな常盤さんになりきって!!えらい違いって?そんなんよう分かってます!!ふふふ。美味しいわぁ~
2026年秋の特別公開 概要
• 開催日程: 2026年11月10日(火)~ 12月6日(日)
• 昼間特別公開: 10:00 ~ 15:30(最終受付 15:00)
• 夜間特別公開(紅葉ライトアップ): 11月21日(土)~ 12月6日(日) 18:00 ~ 20:00(最終受付 19:30)
※15:30~18:00は昼夜入れ替えのため閉堂




































